「読めてないけどこの本積んどくね」(積読は罪なのか)

お題でダジャレっぽく出来るととても気分がいいんですよ、センジマンだよ!!

 

毎回思うんですが「文体のテンションが精神不安定者っぽい」ですよね…すみませんw

 

唐突なんですが個人的な活動範囲のご説明をさせて下さい。

多分それで「文体等が情緒不安定である理由」が少しは説明出来そうなので。

 

どの媒体での発信がメインか決めている訳ではないんですが複数の媒体で色んな事を発信しているのがセンジマンの活動みたいなものです。

 

ツイッターYouTube(これは顔出しで実際に話す発信方法が多いです)、ブログは今2つ…3つか。

 

そのブログ3つのうちひとつはちょっとアクセス等で実験したい事があるので全くどこにも紐付けていないブログだったりしますので余計何がなんだかって感じですね@@

 

あ、すみません…noteにもひとつだけ記事書いてました。でもあれは数に入らないか。

いや…その他にも「サイトのガワを作っただけ」とか「10年以上放置してる」とかもあるので本当はもうちょいあるんですが。

 

とまぁそんな感じでそれぞれの発信媒体によって発信内容をちょっとずつ変えていたりもしまして。

 

その際に各媒体の話題別にそれぞれ自分のテンションが変わっているのでその結果たまに「こっちじゃねぇよ!!」って言うテンションが混ざるみたいな。そんな感じです。

 

伝えられてる気があんまりしませんが@@

 

本当はそういう話題とか上手く全部の媒体通じてリンクして行けるのが長続きするコツなんでしょうが…特に今YouTubeで始めている話題とこのブログで読み始めた本の話題の関連性がクッキリと真逆な状態になってるんですよねぇ。

 

と、言う訳で今回のテーマ?はこちら

 

「読めてないけどこの本積んどくね」積読は罪なのか)

 

前回「読み始めました」と書いた本を「あれから1ページも読めていない」と言う事実をお伝えする心苦しさをダジャレで誤魔化そうとしているんです。全く誤魔化せてないけれど。

 

ひとつだけ言い訳をさせて頂けるのならこの1週間で読んだ本は「約2冊」なんです。

 

でも「お金の本」は1ページも読めていない!!!って事でして…w

 

そこでYouTubeの方で取り組んでいる事を改めて説明するんですがあっちでは今「FF14というオンラインゲームで難しそうだから敬遠されがちな職業はそこまででもないよ」って言う動画を中田敦彦YouTube大学風に作ろうと思っておりまして。

 

それで色々事前調査やツイッター上で意見をもらっていたら今の知識だけじゃ説得力が足りないなぁって部分が(特に心理学的な部分で)出てきまして。

 

それで一旦お金の本を読むの止めてそっち系の本を2冊(1冊は元々積読状態だった本、もう1冊はKindleで新規購入した本)読む事にしました。

 

もうちょい気合入ってれば1日でお金の本読了して次に行くってやれたのかもしれないんだけどちょっと気力と知識定着期間を考えると後回しにした方が結果忘れる範囲が減るって思ったって所。

 

とはいえセンジマンの読書スピードはお世辞にも早いとは言えないのですげぇ元気だったとしてもきっと1日で読むのは無理だったんだと思います。

 

センジマンの読書法はちょっと独特?なんだと思います。

 

まず「全部読めなくても凹まない」と肝に銘じています。これは全部読めなきゃいけない呪いにかかるとロクな事が無いからです。

 

言語学習や他の全ての事に言えるんですが「分からない事があるからそれが分かるまでその場から動けなくなる」よりは「分からない事があるけど、いつか分かるようになるから今は進む」方が最終的に時間が無駄にならないから。

 

1日に100ページ読める能力がある、と仮定してみますね。

 

1冊の本で得られる知識を全部得るまで次の本を読まないとした場合に「分からなくて止まる時期」が30ページに1回でそれが1日あるとすると

 

読めるスピードだけで言うと3日で読了。

でも「30ページごとに分からないから他で調べたり悩んだりする1日」が挟まれるので実際に100ページ読むのに3日~4日かかる計算になります。

なので300ページに到達するには9日~12日かかっちゃいますよね。

 

でも普通1冊にそのくらいかかる気もしますよね。

 

そして知識が増えれば自然と「止まる時間が短く」なって行くので読了時間は短くなりますが、じわじわ短くなるので実際に読むのが早くなるまでに年単位かかるんじゃないかなぁ。

 

いっぽう読む速度が同じでも「分からないまま読み進める」手法で行くととりあえずは3日でその本を読めてしまう。

 

で、これは若干経験則になっちゃうんですが「分からない事が出てきた時」って答えもだいたい「同じ本の中にある」んですよね。

下手したら30ページ以内でその答えが書いてある事も結構あります。

そうすると読了時の「その本の内容に関しての知識量」って止まりながら読んでいる人とそこまで変わらない、しかも読み終えるまでの時間の差は軽く1週間近くになりますよね。

 

よしんばその本の中で答えが分からないままだったとしてもその速度で読めてればいつか別の本で「あの本の答えかもしれない!」と言う情報に出会えたりもしますよね。

 

もっと言うと(分からない事があったりして止まり)期間を空けながら読むより(分からないのはちょっと飛ばしたりしながらでも)その本を読み切ってみるクセを付ける方が知識の定着度が高い様な気もします。

 

あと紙媒体ならとりあえず赤ペンで線を引きます。これ地味に効果あります。なんとなくただ読むより5倍位覚えてる気がする…なんでやろw

Kindleとかの電子書籍でもマーカー塗れたりするんで近い効果がでますね。

 

さてここで問題が発生しました。そうなんですこんな事を書いておきながら自分は冒頭で

 

お金の本を読むのを一旦止めているんですよ。マジやべぇブーメラン行為ですね。

 

ただこれは「本の中で分からない事があった」のではなく「別の知識を入れる事の優先度が上がった」と言う理由なのでまた別の話ではあるんですが…自分で書きながら読み返してちょっと笑ってしまいましたw

 

話を読書法に戻すと…なんて言うんでしょうね「こうである方がいい」と言う事に囚われすぎてそれがいつの間にか「こうでなくてはいけない」に脳内で書き換わっている事象って世の中に本当に多いなあって思っているので「そういう決まりを自分からぶち壊して」行かないと結果自分を更新し続けられないと考えていて。

 

なので「ちゃんと全ページ読んでない事」が悪い事だとも思いません。読んでる方が絶対的に良い事は確実ですが何故それをマスト事項みたいに扱うのか。

 

つまみ読み100冊でも合計すると30冊分位の知識は入るんですよ。

ちょっとだけ陰謀論っぽく意地悪く言うと「ちゃんと読めたほうがいいよ!」って言う認識を広めると純粋な人って「適当に本読むくらいなら読まない」になるじゃないですか。んでその結果「適当にでも読みまくってる人の知識量との差」が圧倒的に広がって「支配される側」にしか居られなくなる。みたいなw

 

センジマンは陰謀論を信じていないけど、そう言われると「適当でも良いから色んな本よまなきゃ!」みたいになりません?でもそうだとしてもそれは単に「他人の意見に振り回されちゃっている」だけかもしれないのでお気をつけ下さい。

 

なのでようやくテーマの答え「積読(つんどく)は罪なのか」と言う問いに対しての私の答えは「罪ではない」です。

 

って言う事で…そういうアレもあったりして私は一般的?に言われている「真面目な行動」を疑う目(それに囚われ過ぎて本当に良い結果に近づけない方が良くないと思うので)を**正しく持ち続けたい**って思ってるんですよね。

 

でもこの考えって油断してると逆にさっきみたいな陰謀論にハマっておかしな事ばっかり言う様になったり変に人種や国みたいな(心理学的には)分けなくてもいい線引で「どうせ○○は△◆だ」みたいな偏見に汚染されがちでもあります。

 

なので常に自分で自分が「大丈夫なのか」も含めて考えられないといけない。他人の全く違う意見でもせめて何故その人はそう考えるのか程度は理解したいと思う。そうじゃないとやっぱり自分を更新していけない気がするんですよね。

 

って事でYouTubeツイッターを拝見して頂けている方からすると最終的に話がちょっとだけリンクしてるじゃん!!って思って頂けた気がしますが、だとしてもそれは偶然なので自分的には「上手い事つながったなラッキー!」って思ってるだけですみませんw

 

ではまた。